聖書:エフェソの信徒への手紙4:1-6
今年は敗戦から80年の節目の年、しかし世界を見れば未だ戦争は終わりません。どうしたら私たちは平和を造り出せるのか。エフェソ書のテーマは教会です。どうしたら信仰共同体である教会を建て上げられるのか、それは平和を造り出すことに通じます。
冒頭でパウロは「(神に)招かれたあなたがたは、その招きにふさわしく歩み」なさいと総括したあと、謙遜・柔和・寛容・忍耐の4つの品性を挙げます。意外なほど控えめではないでしょうか?隣人に対して謙遜・柔和・寛容・忍耐深いこと、実はこのような品性こそが教会を建て上げ、平和を造り出すのです。
そのひとつ、寛容。須賀敦子はそのエッセイで「ひとりの人を理解するまでには、少なくとも1トンの塩を一緒に舐めなければだめなのよ」との姑に教えられた言葉を紹介しています。塩なんて一度に沢山つかうものではありません。つまり、気の遠くなるほど長い時間をかけて苦楽を共にしても、人間は理解し尽くせないということ。そう思うとたったひとつのエピソードで相手を一刀両断することはできません。この人と塩1トンを舐める覚悟をすることから始めたいのです。
そして「平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように熱心に努めなさい」。「きずな」とは「鎖」とも訳せる語。パウロはいま獄中です。鉄ではなく目に見えないキリストの平和という鎖でつながれなさい。そして違いではなく、共通項に目を止めるのです。「体は一つ、霊は一つ…」と。
