2025-8-24『逃げて離れて降ったそこで』山口紀子牧師

聖書:ヨナ書1:1-3,2:1-3

 ヨナ書はいきなり「主の言葉が…ヨナに臨んだ」と始まります。神は<言葉によって>人に働きかける方です。

 ヨナに臨んだ言葉は、ニネベ(アッシリア帝国の首都)に行き罪を悔い改めるよう宣べ伝えよというもの。それは実に意外でした。ヨナはイスラエル人です。まず、異邦人に遣わされるなどありえません。またアッシリアは母国を脅かす敵です。彼らが滅びるならば、むしろそれは喜びであり解放です。なぜわざわざ警告しなければならないのでしょう。 

 ヨナは主の御顔を避けて逃げ出しました。そんな彼を嵐が襲います。海に投げ込まれ、そこで死んでもおかしくないヨナを大魚に呑みこませたのは神でした。

そして、その腹の中でのヨナの叫びを神は聞かれました。従わずに逃げだしたヨナ。普通「それなら別の人に頼ます」で終りですが、神の選びと愛は、どこまでもヨナを追い、その使命にふさわしい器とするために訓練するのです。

私たちも大魚の腹の中のように真っ暗で先の見えない閉塞状態に陥ることがあります。しかしそれは主に立ち返る時。主を信頼し、従うことを学ぶ訓練の時です。(ヘブライ:4-11) 神はヨナを救うために大魚に呑ませました。腹の中は、実は御手の中で守られている状態なのです。そこでヨナは悔い改め、「救いは主にこそある」と告白する者となります。

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