2025-10-12『事実と真実』山口紀子牧師

聖書:使徒言行録24:27-25:7,19-22

 事実とは「現実に起きたこと」、真実とは「嘘のないこと、本当のこと」と定義したとします。本来ならば事実=真実ですが、そうはならないことが多いのです。なぜなら人は自分の内なる価値観で物事を判断するからです。コップ半分の水が事実なら、半分もあるとみる人と、半分しかないとみる人、それがそれぞれの真実です。

25章には新任ユダヤ総督フェストゥス、ユダヤ教指導者、パウロが登場します。この中で訴えが叶えられたのは、ここで最大の権力を持つユダヤ総督でも、宗教界のトップでもなく、監禁された囚人に過ぎないパウロでした。ここに私たちは神のご計画を見出します。

ところで祭司長たちの訴えの内容は、イエスさまを訴えたあの時の裁判とよく似ています。しかしイエスさまは死刑となり、パウロは生きながらえました。それは神のご計画が違うからです。主イエスは十字架の死により救いをもたらし、パウロは生かされてローマへ行くことで救いを証詞しました。背後には常に神の摂理と計画がある。それがキリスト者の真実であり事実です。

歴史を支配しご計画を持つ神は、あなたの人生にも幸いの計画をもっておられます。目の前の事実は過ぎ去っていきます。しかし私たちにとっての真実=事実は「イエス・キリストは、昨日も今日も、また永遠に変わることのない方です」ヘブライ13:8。この方が私たちの救い主です。

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