聖書:詩編71:1-9,16-21
長寿は神の祝福に他なりません。ただ一方で、老化を自覚するたびにがっかりしたり年を取りたくないと思ってしまうのも事実です。かつて先輩牧師が財産となるような年のとり方をしたいと言っていました。それは成長というよりも、成熟するということ。人の霊性は、自分の能力に頼れなくなる高齢期にこそさらに神に向かって開かれてゆくからです。高齢期は霊的に成熟するチャンスなのです。
詩編71編は幼い頃から神を信じ高齢となった詩人の祈りです。今も詩人は敵に囲まれ辱めを受けています。そんな中でも詩人は宣言します。「わが主よ、あなたこそわが希望」と。
なぜ困難の中で希望が持てるのか。普通は現状から推測して将来に希望をもつ、現状が根拠となります。しかし詩人は違います。過去を振り返り、主が共におられたことを再確認したのです。
だから詩人が最も恐れるのは、老いの日々を送る中で神と共に歩んでいる確信を失うことです。見捨てないでくださいと祈ります。主の臨在、それが詩人の希望なのです。
そしてもう1つは将来のゴールに目を留めること。主は再び命を与えてくださる。後の日の復活を待ち望むのです。
そうして詩人は、今の自分に与えられている使命を全うしたいと願います。使命とは、主の力強いわざを次の世代に伝えることです。それは私たちの使命でもあります。あなたは家族、親族、友人に、なぜ自分が神を信じたのか、伝えたことがありますか?
