2026-1-18『「キリストの体」の実践』山口紀子牧師

聖書:フィリピの信徒への手紙4:1-7

私たちは偽りではなく真実、怒りではなく和解と赦し、親切と憐れみ、悪口ではなく建徳的な言葉をとわかっていても、そうできないときがあります。そのとき、本音を隠すこともできてしまうのです。でもそれでは建前で生きることになりますし、そこに成長はありません。

どうしたらキリストの体である私たちひとり一人が、本年聖句のように、キリストの体なる教会が「愛の内に造り上げられる」のか。その実例がこの朝の箇所です。

パウロが愛し、慕うフィリピの信徒たち。その中にエボディアとシンティケも入っています。何らかの理由でこの2人の関係がギクシャクし、その緊張関係が教会全体に影響を与えていました。私ならばそれを二人の問題ととらえ、個別に手紙を書くところです。しかしパウロはこれを教会全体の問題とするのです。二人には「主にあって同じ思いを抱きなさい」。そして周囲には「あなたにもお願いします。彼女たちを助けてあげなさい」と。当事者同士ではどうにもならないときがあるのです。だから周囲が助けます。

私たちは古い人を脱ぎ、新しい人を着せていただきました。先に赦しが、愛が用意されています。この主にあって、私たちは1つになれます。

「キリストによって、1つに結び合されて、それぞれの部分は分に応じて働いて、体を成長させ、愛の内に造り上げられてゆくのです。」

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