聖書:ダニエル書6:7-11
ダニエルの生きた紀元前7~6世紀、母国南ユダ王国は滅亡。十代のダニエルはバビロン捕囚の民の中にいました。3人の仲間と共に選ばれエリート教育を受けた彼は、敗戦国の捕虜でありながら神からの知恵と愛をいただきバビロンの有能な政治家として用いられます。
この6章ではバビロンからメディア人ダレイオス王の時代に。しかし変わらず重用されるダニエルに反感を抱く他の大臣、総督が罠をしかけます。王以外の神や人に祈る者はライオンの穴に投げ込まれる。それを知ったダニエルは家の窓をエルサレムに向かって開き「以前からしていたように」その日も三度、ひざまずき、祈り自分の神に感謝します。
いざという時にできるのは、いつもしていること。付け焼刃では無理なのです。平穏無事である今日、祈りを、礼拝を、その生活の中心に据えることです。
この朝のタイトル「生活を囲う」は茶道、武者小路千家15代目家元後嗣・千宗屋さんの言葉。茶の湯の日常化、そのために肝要なのは時間と空間を囲うことだといいます。時間を取り分け、リビングであってもテーブルの上から生活用具は片付ける、香を焚くなど小さな工夫で生活の中に茶の囲いを築くことができるとのこと。
聖書と黙想、祈りのデボーションや礼拝のひと時を確保していくことも、この茶の湯の精神に似ています。祈りと礼拝を習慣とする、すると習慣はその人の考え方に、言葉と行いになります。それはその人の生き方に、品格になるのです。
