聖書: エフェソの信徒への手紙 4:17-32
キリストの体の各部分である私たちは、本年聖句エフェソ4:16のように成長してゆくことができます。「新しい人を着る」からです。
人が衣服を着るのは体を護るため、そして自分が何者かを表すためです。つまり「新しい人」という衣服は私たちを護り、私たちが何者かを表すのです。
そのために私たちは「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着」ます。「古い人」とは生まれつき持っている人間の罪の性質といえます。虚無、無知、頑固、無感覚、放縦、情欲に迷いその行く先は滅びであるとパウロは一刀両断します。
それに対し「新しい人を着る」とはクリスチャンになることです。大切なのは、新しい人を着るのは古い人を脱ぐことが前提であり、それが同時に起こること。「イエス様が古い人を一切引き受けて、私たちの脱いだものを着こんでまとめて十字架上で処分して下さった」のです(小林和夫師)。
「新しい人を着る」。それはキリストとの活きた関係に入ること。これは過去の一回限りを表す時制が使われています。私たちは信じた時に100%古い人を脱ぎ、100%新しい人を着たのです。
それに対し「心の霊において新たにされ」は現在形。これは聖化の恵みです。「新しい人を着る」のが新生であり過去の一時点の恵みならば、聖化は現在進行形の恵みです。すでに新しい人を着せていただいた私たちは、さらに日々新たにされ、キリストに似た者へと変えられる道を歩いています。
