2024-12-15『地にも平和がありますように―「正しさ」とは』山口紀子牧師

聖書:マタイによる福音書1:18-25 

 ヨセフは「正しい人」でした。それは律法という聖書の戒めを守ることにおいて正しい、忠実な人だった、という意味です。しかしここでヨセフが正しい行動をとることは、彼女の死を意味しました。ヨセフは「正しい人」ゆえに悩み、密かに離縁しようと決心します。
 ところが天使は恐れずに結婚するように言うのです。マリアに宿った子は聖霊による、と。ヨセフは自分の「正しさ」を捨てて、天使の命令に従う事を選びます。自分の正しさ、自分の価値観は二の次にする。ここにヨセフの愛が、つまり本当の意味での「正しさ」があります。
 私の、あなたの正しさはどうでしょうか。イエスさまは律法を2つに集約されました。「心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」そして「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:37-)。 
 このことは神を愛することだろうか?人を愛することだろうか?それが私たちの正しさの指針です。
 さらにイエスさまは、新しい戒めを与えてくださいました。「私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」。どこが「新しい」のか?「私があなたがたを愛したように」これが新しいのです。イエスさまの愛は、まだ罪人であった私たちのために命を捨てる愛。それは今日のあなたにとって何を意味するでしょうか。

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