2025-1-5『人が主に向くならば』山口紀子牧師

聖書:コリントの信徒への手紙二3:12-18 

  更生教会の2025年標語は「私を求めよ、そして生きよ」。預言者アモスを通して語られた主の言葉(5:4)です。私を求めよと言われたら礼拝することかと思いますが、直後に主は古来からの聖所へ行くなと命じます。一見敬虔に見える礼拝という行為が、実は神を、願いを叶える道具として利用しているだけということが起こりうるからです。そうではなく、神ご自身を求めよ。それが人が「生きる」ということなのです。
 その時に大切なのは、あなたがどちらを向いているのか。「しかし、人が主に向くならば、覆いは取り去られます」。これは出エジプト記で神と語ったモーセの顔が光を帯びていたエピソードからきています(34:29-35)。
 モーセが顔に覆いをかけたように、イスラエルひいてはキリストを知らない者たちは心に覆いをかけているというのです。しかしキリストに向くならばその覆いは取り去られる。
 「向く」とはしばしば、悔い改めてキリストの方にはっきりと方向転換をする時に用いられる言葉です。そうした時に聖書が、神がはっきりと分かる。それはパウロ自身の体験だったのです。
 主に向くこと。御言葉を食べ続けること。そこに聖霊が働いてくださり、覆いが取り去られる。1度だけではない、クリスチャン生涯何度も何度も私たちはそれを体験するのです。

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