2025.4.27『カチンがチャンス』山口紀子牧師

聖書: 列王記下(旧約聖書)5:1-3,9-14

 アラム(現シリア)のナアマンは王の信頼も厚い将軍。地位も名誉も財産もありましたが、不治の病に罹ります。規定の病(協会共同訳)重い皮膚病(新共同訳)ツァラ―ト(新改訳)…なにかは特定できないけれど、重篤な皮膚病であり、宗教的には汚れたとされるこの病に罹ったことが、彼が真の神を知るきっかけとなります。

イスラエル人召し使いの少女が彼に預言者の存在を教えてくれたことで、彼はエリシャのもとへ出かけます。そんなとき人はシナリオを描くものです。エリシャが自ら出て来て患部に手をかざし、神に祈ることで病気をたちどころに癒してくれるに違いないと。

私たちもシナリオを描きます。神さまはこの悩み、あの問題にも祈ればすぐに応えてくださる、聖書をパッと開けばぴったりの御言葉が与えられるに違いないと。

ところがシナリオは破かれます。ナアマンの場合、エリシャは姿も見せず、伝言でヨルダン川で七度身を洗えば清くなるというのです。部下の前でメンツを潰されたとも思ったでしょう。カチンときたとき、それは自分の謙遜が本物かどうかがわかるチャンスです。そしてこのときエリシャが出てこなかったのは、これが神のことばの力を知るチャンスであり、その神のことばに聞き従うときにみわざがなされることを体験するチャンスだからです。

彼は「神の人(エリシャ)の言葉どおり」にすることで清められ、信仰を告白する者に変えられました。

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