2026-3-22『「最後まで愛し抜く」愛は』山口紀子牧師

聖書:ヨハネによる福音書13:1-11

 「過越祭の前に、イエスは、この世から父のもとへ移るご 自分の時が来たことを悟り、世にいるご自分の者たちを愛し て、最後まで愛し抜かれた」。

「最後まで愛し抜かれた愛」それはまず、弟子たちの足を洗 うことに表されました。

ただ、彼らはそれを理解できません。それは奴隷のする仕 事。なぜ今そんなことをなさるのか。洗わないでくださいと いうペトロにイエスさまは言われます。「もし私があなたを 洗わないなら、あなたは私と何の関わりもなくなる」。

人は教育や訓練で変わります。しかし罪の性質はそれでは 克服できないのです。それは外側から解決していただくしか ありません。それをイエスさまは「足を洗う」という象徴的 な行為で表したのです。

そしてそれが指し示すのは、十字架です。十字架でイエス さまが流してくださる血潮が私たちの罪を洗い流してくださ る。神の御子の血潮によって洗い流してくださる。「あなた がたの罪がたとえ緋のようでも、雪のように白くなる。たと え紅のように赤くても羊毛のように白くなる」(イザヤ1:18) のです。

 ここに愛が現わされました。「最後まで愛し抜かれた」愛、「極みまで愛された」愛が。

 ただ、それがわかるのは「後で」。愛は深ければ深いほ ど、後でわかるようになるのです。生涯に亘り、私たちは十 字架の愛の深みを知らされてゆきます。

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