聖書:ヨハネによる福音書6:32-40
「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない。」
イエスさまは不思議な自己紹介をされます。パンといえば、私たちが普段食べているパンも命を育む大切なもの。ただ間違えてはいけないのは、ここで言われているのは「永遠の命を与えるパン」のこと。肉体面、精神面の養いではなく命そのもの。それも「永遠の命」です。
パンは裂かれ、飲み込まれ、消化されてその人の命となります。同じように命のパンであるキリストは、十字架上で肉が裂かれ、血を流されました。死ぬことで、私たちに永遠のいのちを与えてくださったのです。
どんなにおいしいパン、命のパンが目の前にあっても、手に取って食べなければ命になりません。飢えて死ぬだけです。
「食べる」とは「信じる」こと。目の前の「命のパン」を、ありがとうございますと信仰の手を伸ばして取り、食べればいいのです。そのためにイエスさまは来られました。そのとき、この方の命に私たちは生きるようになります。
「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない。」
