2026-8-30『イエスに出会った人ーそれは多いか少ないか』山口紀子牧師

聖書:ルカによる福音書7:36-50

ファリサイ派シモンがイエス様を食事に招いた時のこと。ひとりの「罪深い女性」が主の足を涙でぬらし、髪で拭い、口づけして香油を塗りました。それを黙って受け入れる主を、シモンは心の中で裁きます。

 そこで主はたとえ話をなさいました。沢山赦された者と少し赦された者、どちらが赦した人をより多く愛するか。もちろん前者です。そして主は言われます。「この人が多くの罪を赦されたことは、私に示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」。

ところでこの女性は主を愛したから赦されたのか、赦されたから愛したのか?エピソードの最後に主が罪の赦しを宣言していることから生まれる疑問です。

恐らくこの人は過去にイエス様に出会っていて、沢山赦されたことに感謝して主を愛したのです。しかし、赦しは一度与えられたらもうその後は要らないというものではありません。赦され愛し、赦され愛し、その繰り返しの中でますます主の愛と赦しの深さを、自分の罪深さを知ってゆくのです。

では神は誰かを多く赦し、誰かを少なく赦すのでしょうか?そんなことはありません。ただ、自分がどんなに多く赦されているか身に沁みてわかる人と、それがわかっていない人がいるだけのことです(小島誠志「朝の道しるべ」より)。 

 

目次