2025-3-9『なぜ?ではなく何のため?』山口紀子牧師

聖書:使徒言行録15:36-16:5

 かつて特別集会でお呼びした藤井圭子先生が「試練に遭った時に私は神さまに、なぜですか?ではなく何のためですか?と問う」と言われたのを忘れられません。    
 パウロの第2次伝道(宣教)旅行、その始まりは波乱含みでした。パウロとバルナバはマルコを連れて行くかで激論となり、二人は別々の道へと進みます。これは人の弱さなのかもしれませんが、神さまはそれすらも用いられます。なぜではなく何のため?という視点に立てば、結果的に宣教チームが2つになったことに気づきます。
 そして、別の道を行ったパウロはそこで、後に「私の愛する子」と呼ぶようになる若き弟子テモテと出会うのです。

 テモテを連れていくために、パウロは彼に割礼を受けさせます。救いに割礼は要りません。ただ、ユダヤ人を救いに導くにはユダヤ人のようになる事を選ぶのがパウロです(Ⅰコリント9:19-23)。パウロは何が目的かを見失うことのない人、真に自由な人でした。救いという目的のためには割礼ですら手段として用いるのです。
 その後一行は聖霊に2度止められながらトロアスへ到着。そこで見たマケドニア人の幻は彼らに次の一歩の確信を与えました。御言葉は「足の灯」。信じて1歩踏み出すときに、次の1歩が示されるのです。

 同じく私たちにも新たな出会いや導きがあります。ストップをかけられることもありますが、主は最善以下はなさらず、私たちの弱さをも用いて下さる方。安心して出ていきましょう。なぜではなく、何のため?を問いながら。

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