2025-2-2『これが教会これがキリスト者』山口紀子牧師

聖書: 使徒言行録11:19-30

 ステファノの殉教が引き金となり始まった迫害で散っていった信徒たち…彼らは撒かれた種となり、福音はエルサレムから世界へ広がってゆきました。
 ただ、救いはユダヤ人のものだと思われていましたから、伝えた相手はユダヤ人だけだったのです。ところが一部の人々が当時の世界第3のマンモス都市アンティオキアで、異邦人にも福音を語りだしたのです。その中から次々と信じる者がおこされました。「主の御手が共にあった」のです。
 生まれたばかりの赤ちゃんには養育者が必要なように、生れたばかりの教会も同じです。その養育のためにエルサレム教会はバルナバを遣わします。彼は「揺るぎない心で主にとどまっているよう」教え励まします。また故郷に戻っていたサウロを見つけ出し共に教えます。
 教会が教会であるしるしは御言葉が正しく語られ、聞かれていること。洗礼と聖餐が祝われていることです。そうしてここで、初めてイエスがキリストであると信じる者たちがユダヤ教徒と区別され「キリスト者」と呼ばれるようになりました。イエス様が言われたとおりです。
「あなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るであろう。」ヨハネ13:34

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