2026-7-5『あなたのルールは何ですか』山口紀子牧師

聖書:ローマの信徒への手紙2:12-29

私たちはキリストの福音を知り、自分の罪を悔い改め、十字架の贖いと復活を信じ救われます。では、一度も福音を聞く機会のなかった人はどうなるのでしょう?

 パウロは言います。「たとえ律法を持たない異邦人も、律法の命じるところを自然に行えば、律法を持たなくとも、自分自身が律法なのです。」

 聖書を、律法を全く知らない人でも、知らずにキリストの愛に生きているということがあるのです。神は人を分け隔てなさいません。

 17節からは具体的なユダヤ人の問題にパウロは切り込みます。「正しさ」が落とし穴になるのです。彼らは神ではなく自分を誇るようになっていました。

 「自分はユダヤ人だと名乗る」とは、肩書を誇ることです。「律法に頼」る彼らは律法を守る自分に満足していました。「神を誇りとし」この何が悪いのでしょう?いけないのは信じている神の問題ではなく、信じている自分です。神が自慢の材料になっていたのです。そして「御心を知り」。それを誇る自分が問題です。さらに、上から目線で人を教えようとする教師ぶり。まことの教師はイエス・キリストのみです。

 では誰が一体こうした落とし穴に落ちずに済むのでしょうか?誰もいません。みんな罪人です。そのとき「あなたがたの罪がたとえ緋のようでも 雪のように白くなる」このイザヤの預言が福音となるのです(1:18)。

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