聖書:ローマの信徒への手紙3:1-20
「私は、自分がしていることが分かりません。自分が望むことを行わず、かえって憎んでいることをしているからです。…私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っています」(ローマ7:15,19)これが罪ある人間の姿です。
聖書の指摘する罪は犯罪だけではなく「本来の姿にない」こと。「罪」を表すギリシャ語は「的外れ」を意味します。愛したいのに的を外して支配的になったり、依存になったり。ただ本来は「神のかたち」に造られていますから、人は神を求めます。しかし、的外れに神ならぬものを神としてしまう。それが罪なのです。
さらに、自分は正しいと他人を裁くならば、それも高慢の罪です。1:18から始まった罪に対する結論が、3:9節から。「すでに指摘したように、ユダヤ人もギリシャ人も皆、罪のもとにあるのです。…なぜなら、律法を行うことによっては誰ひとり、神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。」
アメリカのある研究所が全米の高校100校を無作為に選び、意識調査を行いました。カンニングや万引き、嘘つき、多くの生徒がそれらを行いながらも、自分は善良だと答えました。罪人の特徴は、自分が問題を抱えていることを認めないことです。神の前に、正しい人は一人もいません。
