2025-1-19『エバの思い違い』窪田隆一師

聖書:創世記3:13-17,4:1-2,25-26 

  信仰とは〈へブル11:1〉『それ信仰は望むところを確信し、見ぬものを眞實とするなり』(文語)とある。女は神の蛇への呪いに、罪を犯した者へ3つの恵みとして聞いた。
1)人を罪に誘惑したものへの判決、2)『女の子孫』としてメシヤが臨み、系図は母方をたどる、3)メシヤが蛇の頭を砕く。イエスの十字架上での死と復活で始まり滅ぼす〈黙示20:10〉。聖書66巻がこの15節で集約。女は内心震えながら、神&人である主ヤハウェが来ると信じ希望を抱いた。それが彼女の信仰の始まり。〈4:1〉へブル語原文(モーセ)は、“身籠ってカイン(獲得する)を産み、「一人の人、主(ヤハウェ)を得た」と告白した”と解釈できる。エバが初めて主と叫び、カインこそ約束されたメシヤなる【来るべき方】と思い違いをした。その間違いの気づきを、〈4;2〉で産れた次男をアベル(虚しい)と名付け、失望感を示した。エバはアベルに神の創造の業、慈しみ、獣の皮の衣、血の贖いを伝えた。その故にカインはアベルを妬み殺害し、遁走した。エバはすべてを失い失望の淵にいた時、第3子セト(授かる)を授けられた(שִׁית)。人類を存続させる神の約束の継続保証と謙虚にとらえ、すべては神の御心による、と悔いた心、砕かれた魂による告白をした。この告白を受け、〈5:3〉アダムがエバの名付けで子を呼び、初めて夫婦の神への信仰の一致による歩みが始まった。セトが息子エノシュと名付け、ヤハウェ主の名を呼び始めた。エバは思い違いを信じ、喪失、そして神へゆだねる歩みに変えられたが、み言葉に生きる者の信仰を、神が確かに実を結ぶ事を知る。

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